南フランスは「ル・トロネ(Le Thornet)修道院に行ったお話です。
この修道院の背景についてはあらゆる文献で触れられておりますため、ここで詳しくは書きませんが、我々が西洋建築と聞いてすぐに思い浮かべるゴシック期の巨大で荘厳なスケールの大きい聖堂建築とは赴きを異にした、簡素で、かわいらしいサイズのゴシック以前のロマネスク期の建物です。
当時キリスト教の中にもいくつもの分派があり、その中でも極めて禁欲的であったシトー派と呼ばれた一派が12世紀末に完成させたとされている修道院です。
私が訪れた日はちょうど今のような抜けるような秋晴れの日でした。
力強いシンボルツリーを横目に聖堂に一歩足を踏み入れると、意図的に極めて限定された深い開口部から、絞りだされるような光が目に飛び込みますが、聖堂内部の輪郭がはっきりしないほど外との明暗が強く、薄明かりの中、目が慣れるまでしばらくその光の美しさだけに見とれる事になりました。
ため息を押し殺すようになぜか恐る恐る空間を歩いていくと、中庭をぐるりと取り囲む回廊空間に出ました。
そこは非常に控えめな柱頭飾りがなされた柱壁を介して中庭に面しており、聖堂と対比するかのように柔らかく優しい光が漂っていました。
回廊を巡ると何度も数段の階段を上り降りさせられる事になります。高低差を利用して中庭のいろんな顔を見る形になり、簡素さゆえに単調になり兼ねない空間のリズムが気持ちよく変調します。禁欲的な修道院において唯一気の抜ける場所でした。
ル・トロネは建築全体で見ても恐らくその土地で切り出した石と瓦の土以外の要素は皆無といっていいほどの素材の限定っぷりです。
それだけに石の荒い質感が際立ち、そこに光が差し込むと石が石らしく使われている事の強さに鳥肌が立ちました。
すばらしい空間に身を置くと「音楽」を連想する事があるのですが、ル・トロネでは上質で力強いピアノソロを思いました。
ドラムやベースといったリズム隊に頼らず、テクニックにも頼らないシンプルでミニマルともいえる旋律に自らリズムや節をしっかりと加えている、そんなピアノでした。
付け加えておくとここル・トロネは交通の便が非常に悪く、休日のツアーやレンタカーで訪れるのが一般的なのですが、お金の無かった私は朝5時前に起きて近くの町から6時間程、山道畦道を歩きやっとの思いで辿りつきました。
その事も私の空間体験を強いものにしているのかも知れません。
どうしようもなくお暇な方だけにオススメします。笑
(choina)